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高輪の作業場(通常版)へのリンク
※業務用ではない方の日記ページへのリンクです(^_^;)。

= 高輪の作業場(通常版)へ =
(2010年までの日記です)

当事務所のポータルサイト
お仕事概要などはこちらです。

= Creation Studio TWO-ONE =

 
今月の営業予定

2012年 1月

冬木立
午後から、込み入ったレイアウトを1本、やり上げる。
夕べご依頼の来た、新規のもの。
1枚もののチラシだけど、表とかが細かいので作業的には手がかかる。
画像がなく文字のみなので、ともすればInDesignの方が簡単かとも思ったが、念のためIllustratorで作成。
午後4時頃仕上がり、お客様にご確認用のプレビュー(PDF)を送信。

休みにしているのにやっぱり働く(笑)。それも新規の仕事してるし。
なにげに少しずつ、いつものペースが戻って来ているのか('_' )。
少しずつ。でも、決して焦らず。

夕方、華陽の西友に。
竜田町5の踏切で、行きに1台、帰りにも1台、たぶん一時停止しなかったのだろう、付近で停車させられて警察にいろいろ聞かれている(そしてなんか記入されている)光景があった。ここっていつも警察が見張ってるのかな? いつ見ても誰かしら尋問(?)されてるところに行き会う気がする。

駐車場に降りて見上げると、綿のような雲が渡る空がとても澄んでいて、ひやっと肌を刺しそうに冷たい湿った空気が流れていた。
雪が降るか。

18:38, Tuesday, Jan 31, 2012 ¦ 固定リンク


「編集者」道
飛騨萩原のいつもの某紙面の下版シーズン。他の部分の校正はすべて終わり、あとは高輪のコーナー「絵日記」のみとなった。
事務所的には休みのつもりだけど、これはいつも引き受けているものなので、作業体制。高輪のお仕事は、原稿データをもらってレイアウト画面に流し込み、他の図版や広告などもレイアウトして印刷まで持ち込むところまで(ていうか紙面形成の殆ど(^_^;))だ。さらに、「絵日記」なるコーナーを受け持っていて、そこに毎回雑記のような感じで絵日記を入れている。
その部分は、いつもすべての原稿が終わった最後に描く。他の内容とだぶってもまずいし、文章量の調整でスペースに変更があった場合、1から描き直しになるので、確実に領土(?)が「これだけ」と決まってからでしか描けないのだ。
そういうやり方は編集者時代に担当していた雑誌の編集後記の時と同じだな……、とついぞ思い出す。その雑誌もレイアウトは私が行っていたので、編集長含め他のスタッフの分を流し込んで余った行数をみてから後記を書いていた。
そうだよな、ずっとこの仕事、やってるんだよな。

そういえば、何処かにも書いたかも知れない……中学の卒業文集にクラスごとの企画ページみたいのがあって、高輪のクラスは「10年・20年後の僕&私」というテーマで、それぞれが『将来こうなっているであろう自分』を想像して一言書いてみる、というやつだった。そこに高輪は、
「10年後、私は編集者として模造紙を抱えてあちこち走り回っているだろう」
と書いていた。模造紙ってのがコドモの発想だと思うけど(笑)(←模造紙って小学校とかでしか使わないよね)、でも我ながらぴったりそうなってしまった。それを書いてから実に4年後くらいか。別にその文集に書いた通りになろうと思ってそうなった訳じゃないけど、やっぱりその道をひた走っていた。「編集者」ってのもそうだし、「あちこち走り回っている」のもそうだし。ただ「模造紙」ってところが現実では「校正紙」や「色校」である訳だけど。
文字通り、その文集に書いた通り、なんだかこの道をずっと「走り」続けてるよな、なんてしばしあれこれ反芻してしまった。

ともあれ、明日(26日)、印刷所に入れることになっていて、かなり気を高めて作業をしている。
そしたら明日って岐阜、大雪の予報。
高輪が「この日こそ」と気合いを込めてる日に限って大雪になるんだよね。強力な雪女だから(^_^;)。
予報だけで終わればいいけど、もし本当に凄い大雪になったら……
笑うしかないか。
19:11, Wednesday, Jan 25, 2012 ¦ 固定リンク


休む勇気
思いのほか、状態がかなりよくないかも知れない。
ともあれ、考えたら1年以上無理をし続けている。葬祭ライターをする前からずっと走りっぱなしだ。しかも、今ある私で出来得る無理というものの全てを、今回の講座で使い果たした感がある。おそらく全身を振り絞っても今は何も出ないくらい、ひとしずく残らず全部出し尽くした気がする。
心もまだあまり外向きになりきれてない気もする。講座が終わった時点でかなり精神的に消耗していたが、そこに意図せずちょっとした事が重なってさらに落ちたような。崖のぎりぎりで精一杯踏みとどまっていたのが、後ろからドンと強く押された感はある。……でも、何があっても、人を信じられなくなる程なら重症だろうけど、自分が人をおとしめるような事をしたり酷く傷つけたとかでないのなら、その上でもし自分が受けるべき痛みがあるなら受けるべきだし、自分が傷つくだけならどのように言われても耐えられると思えている分、まだもともとの心根は生きているのだと思う。

どのみち、すこし、心身を楽にする必要が、私にはあるようだ。

某作家さんだったか、多忙が積もり過ぎてストレスになってどうにも行き詰まった時、一度死んだ気になってみようと自身の葬式をしてもらったら生まれ変わった気持ちになれて仕事に専念出来るようになったと言われていた人がいたのを思い出した。荒療治ながら、なかなか言い得ているなと思った。
明日からしばらく、カレンダーは赤マーク。緊急の作業や定期的な更新作業、いつものお客様からのことなどはきちんとさせて頂くつもりなのだけど、新規に動いたり営業したりってのは先延ばし。……って作業するなら全然休みじゃないじゃん、って感じだけど、自分のなかで、はっきりと「今は休みなんだ」という意識になることこそが、今の私には大事みたいな気がするので。「『ずっとスタンバってないといけない状態』で、修正が発生したから作業をする」のでなく、「『ほんとは休み中なんだけど』作業をする」なら気持ちがまったく違うように思うので。その作家さんのような事は勿論出来ないが、こんな程度でも、長い間状況がら仕方なかったとはいえ自分を追い込んでしまい、「休む」事を悪い事のようにためらってずっとやって来ていた私には充分荒療治。そして、全く作業を請けないゼロの状態には出来ないし心情がらそうしにくい立場において出来る、唯一の打開策でもある。
「事実上休み」。だけど必要な作業はする。
願わくば、下呂のいつもの編集会議に復帰出来るくらいに回復出来れば。
18:13, Sunday, Jan 22, 2012 ¦ 固定リンク


雲は流れ
あら楽し 思いははるる 身は捨つる 
浮世の月に かかる雲なし
(大石内蔵助)
18:38, Friday, Jan 13, 2012 ¦ 固定リンク


ヴィッツが戻る。
10日に講座が修了式を迎えた。
半年という時間は、時間として考えればもしかしたら長かったのかも知れない。でも、決して長いようには思えなかった。日々濃密で実に走り抜けるようだった。
受講生はもっとそうだろう。履修しなくてはならない事や制作関係で追われきっていた事だろう。でも、それぞれの頑張りは確実に各自の力となり、自信となっているはず。

しかしながら、あれだけ毎日あった講座が、急に無くなると変な感じ。
酷い時は朝4時頃に起きてその日の授業で使うプリント類(教材)を、前日の進行状況と受講生の分かり具合を考えながら書き、プリントアウトしては朝コピーして持って行く……という事をずっとしていた。何かの本のコピーでなく、ソースは流用したものもあったが、基本、すべて1から考えて書いたテキストゆえ、毎朝作るのも実は凄く疲れる作業ではあった。殆ど寝てなかった時もあったしね。
そんなふうに、ずっとかなり過密な生活をしていたので、講座がなくなった状態にまだうまく適応出来ないでいる。学校に行くために起きていた、プリントを作らないでいい時のいつもの時間(5:30)になると「はっ!学校の支度!」と焦って飛び起きてしまう自分がいる。
でも、元の状態に心身を戻していかなくては、ということで、今はある意味、リハビリ期間かも知れない。

ていうか疲れが出てるみたいで熱がまた上がって、昨日まで実質、ぐったりのびていた。
昨日は必要各所への連絡だけは出来て、それだけでも少し回復しているのかという気も。
と言いつつ、今日もまだ微熱みたいな。気温が寒いんでなく、変なぞくっとする寒さが終日まとわりついている。
身体に抵抗力がないのね。何度もぶり返している感じ。


今日、工場に入院していたヴィッツが戻って来た。
ここには書かなかったが、昨年11月に事故っていた。けが人もなく、酷い損傷でなかったのが幸いだった。しかし、ただでさえ上記のような状態を何ヶ月も続けていたため疲れがピークになりつつあった事と、保険会社やいろんなところからの凄い回数の電話と、授業中はそれらに出られない事を伝えてもなお、すぐに出ない事を非難されるような局面も何回もあり、気が全く休まらずひたすら疲れて心が内に向いていたように思う。
加えて、12月はじめに代車の期間が終わってバス通勤+そこから学校まで徒歩という状態になった訳だが、車だった時と違って、外の冷たい空気が高輪のウィークポイントである気管支を直撃していたようだ……程なく気管支炎的な発熱。学校も2日休んだ。年末もぐずぐずし、咳喘息に移行して今に至っている。
そんなこんなだった訳だが、ようやくヴィッツと久々に対面。なんだか長い道のりだった。冬タイヤに換えていなかったため、受け取ってから再度工場に行き、タイヤを交換して貰ってまた戻って来る(つまり2度、工場とうちを行き来した)事になるが、それでも、久々に走れてとてもすっきりした。
帰りはやはり、いつもの川べりを通って来た。
ポツポツと雨の落ちる中、川面はいつものように滔々と、冬枯れの色をした草たちが岸辺でカサカサと乾いた音をたてていた。
思わずすーっと息をする。

何だかずっと長い闇の中を走っていたような気がする。
重い夜が明けたような、そんな1日。
17:06, Friday, Jan 13, 2012 ¦ 固定リンク


ひとめぐり
体調はまだ全然だが、気持ちは何故かすっきりしてきた。……気のせい?
実は昨日(木曜日)、喘息的症状に加え胃腸が壊滅的におかしかったため、1日何も胃に入れていないで授業を行っていた。お弁当(というか、ここのところあまり食べられなかったためお粥とかやわらかいものだけ)を持って一応事務局には行ったが、自販機で買ったお茶で薬を飲んだだけのお昼だった。夜に至っても、さすがに何か口に入れないとまずいということで食べられそうなものを少しずつ口に入れてみたが、食べて10分もしないうちに身体の拒否反応開始。少しぐったりする。食糧をだいぶ無駄にしたような感もあるが、食べたものの何%は栄養成分として体内にひっかかってくれているものと取りあえず信じる事にして、食後の洗い物をしたり何だりした。
でも、それだけ体内が空っぽになると、何処かすっきりしてくるものなのかも知れない……そんな昨日に比べ、今日は咳喘息以外は何とか落ち着いていた。
咳喘息は……熱を出すと必ずその後、1ヶ月やそこらは続く高輪。既に風邪は終わっている状態でも、激しい咳だけはしばらく残って、それでまた体力を消耗するという説もある。いつまでも激しい咳が続くため、ずっと風邪引きだと思われるのだが『ううう、風邪じゃなくて喘息なんです(;_;)』という感じで、こういう時は毎回周囲に対して気を遣う。
今日も一瞬『来たな』という時があり、幸い今日は受講生は試験問題を練習でやってみる個別作業的な日だったためちょっと教室を出て外まで行き、通行人に気を遣いながら取りあえずひとしきり咳き込む。涙がはらはらと落ちてくるので、それを拭きながら咳き込むため、知らない人が見たら大泣きしているふうに見えるだろうな、なんて思いつつ。
まあ、もうしばらくは仕方ないだろう。

帰り、食料品を買うためマーサに行く。
今日はそんな気になり、ペット同伴入り口から入り、ペットコーナーに行く。ここの犬と猫を見るのが、ちょっとしたリラックス。
猫で、すごい格好をして寝てるのがいて思わずじっと見る。前足を両方ばんざいをするかたちで、上にのばすんでなく宙に突き出して寝ていた。疲れないのだろうか。
犬もかなり個性が出るけど、猫はもっと顕著に出るように思う。

猫ではひとつ、時々思い出す出来事がある。
1年前の丁度この時期、高輪は某葬儀会館所属の葬祭ライターの仕事を請けていて名古屋圏内を駆け回っていた。よく「御会葬御礼」なるものがあると思うが、ああいう形式のものでなく、「ご会葬のしおり」という事で、故人様の生前のエピソードや思い出を短い文章で綴り、思い出の品の写真も載せたりして、左側にご家族のお名前や御会葬のお礼などいつものやつを載せる、というものを出していて、高輪はその文章部分を喪家様に取材して書く役目だった。取材して文章をまとめあげるまで30分くらいで行い、それを本部に送って紙面になったやつを喪家様にご確認いただいてすぐ次のところに行かなくてはいけないため、忙しいなんてものではない仕事でもあった。朝5時過ぎに家を出て、帰るのは夜9時頃。文字通り「走り回る」「食事も出来ない(へたするとトイレも行けない)」「移動が多い」仕事だった。もっとも、やりだしてみたら事前の話と違うところが次々出て来て、このまま続けようかどうなのかという事をもやもや思っていた頃でもあった。
弥富の喪家様宅に伺った時だった。
雪の降った翌日で、晴れた日差しに溶け残った雪や屋根から落ちるしずくがキラキラとしていた、そんな日だった。
いつものように取材を終え、故人様に手を合わせて失礼させていただき玄関を出た時、高輪のすぐ右に、予期せずグレーのブチの猫が急にいたので、つい『うっ』とたじろいでしまったら、猫も急に高輪が出て来てびっくりしたらしく、高輪と同じような姿勢と表情でたじろいでいた。しばらくお互いにまじまじと見つめ合い、何となく「あ〜」と声を出してしまったら猫も「みゃ〜〜」と同じように声を出し。何か猫と会話してるなあ。しかも、お互いにリラックスしてきたのが分かるのがなんか不思議だった。少しして「ごめんね、ばいばい」と言って車のところに歩きかけたら、「にゃー」と鳴いて高輪の前を振り返りながら歩き始めた。「ついてこい」と言っていたようで、猫と一緒に歩いて行くと、ちゃんと車のところまで来たら「にゃん」と短く鳴いて母屋に戻って行った。
猫が送ってくれた(笑)。
精神的にちょっと落ちているような時だったので、妙にほのぼのとし、楽しい気持ちにさえなった出来事だった。
だから、今でも弥富と聞くと、あるいは猫といえば、その猫を思い出す。

そんな頃から、1年。
ひとめぐりしたのだな。
17:52, Friday, Jan 06, 2012 ¦ 固定リンク


無題
やはり、具合が良くない。
いや、全くもって良くない、前より悪いというのが正しいのだろう。
左胸が気になる。とはいえ、心臓ではないな。咳をし過ぎての筋肉痛ならいいけど、息を吸うとぐりぐりと痛い時がある。肺?
咳はかなり酷い。酷過ぎて……全身の力を振り絞ってするような咳で、涙を流し乍らひたすら絶え間なく激しく咳をする。それでも酷いと咳き込む力で思わず胃の内容物を全部吐いてしまうことがある咳って、どうなんだろう。それだけ激しい咳という事なんだけど。これまで学校でそういう咳にならなかったのが、本当に幸いだったと思う。
ともあれ、そんなこんなの、元旦二日。
少しでも、寝てみる事にする。

23:34, Monday, Jan 02, 2012 ¦ 固定リンク


岐阜で初めての正月
zouni2012かなりぎりぎりまで迷っていたが、結局神奈川には帰れなかった。
職場見学の引率を乗り切れたのは、おそらく精神力……最終日まで気を張って頑張っていた分が、年内の授業が終わってほっとしたためか、『じわじわ』どころでなく『どかどか』と出て来たというのが正しい。終了翌日の29日にいたっては、何をしてたのか全然覚えていない……。おそらく1日ぴくりともせずに眠っていたと思われる。30日は1日ぐったりしつつも、遅れていた作業で出来るものを一生懸命こなしていたけれど。

そんなこんなで、ようやっと自分の事に意識が向いたのは大晦日である昨日だった。
意識が向くと言っても、「そうだ。明日は正月じゃん。取りあえずどうしよう」ってなもので、そもそも昨日起きた時も基本、また微熱が出たり何だりして寝付いていた状態な訳だから、徹底的な大掃除も出来てない、やりかけの作業もある、年賀状も終わってないじゃん、って事もあり、何から手をつけていいのかぼーっとしてしまって。
そんな中で、本来帰らないといけなかった神奈川の実家への連絡をまずしなきゃって事で、かなり久々に電話をする。母親とはあまり相性はよろしくない。故に、電話をかける時には、かなりの気力を必要とする。でも、意外にもすんなり話が通じて取りあえずほっとする。
さて、そうなってはたと気付く。
おせちを用意しないといけない。いや、神奈川でもおせちは作っていたけど、岐阜で作る事になると思ってなかったもんで……岐阜ってどういうふうなんだろう、と一瞬思う。
実はわたくし、岐阜でのお正月は今回が初なのだ。17年目にして初めて。
取り急ぎ、年越し蕎麦、おせち……必要なものをメモして、酷く咳き込みつつもマーサに行く。(←こうやって無理するから治らないで長引くんだろうけど)
ネットで調べたところ、岐阜市での主流は角もちであるらしい。神奈川もそうだ。ゆえに、米と餅のコーナーに、角もち狙いで向かう。
でも、角もちはいくらでもあったのに、丸もちの棚は何処も空っぽだった。あり(' ' )?、ここって丸もちが主流? 丸もちはすぐはけるように無くなって行く。どっちにしようか悩み乍ら見ていたら、「あらー、角もちしか残ってないのねー、仕方ないからこれでいいか」と言い乍ら角もちを買って言った人がいた。
この丸もちの売れ行き。それに対する、角もちの残り方(山積みで残っていた)。取りあえず正木〜則武あたりでは丸もちなんだと判断する事にして、唯一1袋だけ残っていた丸もちをしっかり購入した。

正月菜はこの時期、岐阜では定番なのね。
これって、アブラナ種の野菜だね。茎の形状、葉っぱの形や葉脈からすれば小松菜と同族だろうけど、微妙な部分で系列が違うんだろう。少し前に食べてみたが、小松菜より甘味がある気がする。ちなみに「正月菜」として出回るものは、関東には全くない。

野菜売り場で、少量の大根と人参、ゆず1個をかごに。これはなますを作るため。パックに入った出来合いのやつを売っていたけど、ちょっとしか入ってなくて何でこれが598円なのよ、ってことで自分で作る事にした。ていうか毎年思うけど、年末のこの価格設定は何なんだろうと思ってしまう。かまぼこなんて普段198円とかで出てるのに、量もそんなに変わらないのが980円とかってどういうの? しかも煮物が少量ずつ入ってるやつが1,480円って……どう見ても普段だったら398円くらいで出るシロモノなのにね。
作れるものは絶対自分で作るに限るなと思う高輪であった。
もっとも、今回みたいにかなりぐったり体調崩してる時は、ほんとは買ったやつで出来れば済ませたいところだけどね……。立ってると、というか、起きてるだけで凄く疲れている。。。

そんなこんなで、何だか自覚もないままお正月になった。
2012年なのか。
謹賀新年、なのですm(_ _)m。
お雑煮の支度。
昆布とあごで出汁をとり、醤油ベースの汁。丸もちを煮て、正月菜を投入。里芋を入れるのはちょっと違うかも知れないけど、下ゆでしたやつが丁度あったので、入れてみた。
こういう感じのお雑煮は初めて作る。神奈川の家では何故か、少し焼いたお餅をけんちん汁に入れるタイプのお雑煮だからだ。記念に撮影。
(お椀だと汁の色がはっきりしなかったので、別の器に入れて写真を撮ってみました)
おせちを並べる。なますは夕べ作っておいたのを。
お正月か。。。
今日くらいはゆっくりしたいところだなあ……。
13:55, Sunday, Jan 01, 2012 ¦ 固定リンク


迎春
迎 春


昨年中は、格別のお引き立てを賜り、有り難うございました。
新たに始まった年とともに皆様方に明るい春が訪れますよう、
また、皆様方のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げますとともに、
本年も宜しくお願い申し上げます。


2012年 元旦
Creation Studio TWO-ONE
代表 北島 由紀子
13:52, Sunday, Jan 01, 2012 ¦ 固定リンク


 


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